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  • Jin Kimura

真田紐の秘密

更新日:2020年6月5日



『日の本いちのお、つわものおおおお!!さなだぁ、さえもんのすけえぇぇ!!』


こんにちは木村です。

突然でしたが、2016年に放送された

「真田丸」のワンシーンより

お届けさせていただいております。

やはりこのシーンの遠藤憲一さん、何回見てもかっこいいな

さて、今回のブログで紹介するのは「日本一の兵(つわもの)」と呼ばれた名武将、

真田幸村にちなんで名付けられた『真田紐』

過去にこのブログでも紹介した宮川スポーツで、

真田紐付きの特注ポーチを見つけたのが始まりで、店主の宮川さんに

「この真田紐ってのが丈夫でさ、色々ないわれがあるみたいだから調べて教えてくれよ」と言われたので、よしこい!と、はりきって、調べてみたのは良いもののゆかりの地である長野周辺のお店を調べど、調べど、それらしきお店が出てこない。。


【ストラップ部分が真田紐バージョンになった特注のポーチ】

それもそのはずで、真田幸村ゆかりの地である長野上田が

一番有名な産地だど思い込んでいたら大間違い、

なんと京都のお店が先祖代々真田紐を伝承しているとの情報をキャッチ!!

ということで、真田紐師として戦国時代から

15代続いている京都の江南さんに辿り着いた訳ですが、こちらの店主の和田さんは、

ご紹介した大河ドラマ「真田丸」の時代考証も担当されていたというほど、

真田紐については精通されている方で、いわば真田紐の専門家。

そんな和田さんに真田紐の発祥地についてまずはお伺いしてみる事に

木村:さっそくなんですが、真田丸が放送されてから、

撮影地である上田では真田紐が爆発的に売れたそうですが、

そもそも発祥地って、長野の上田周辺だと思っていたのですが違うんですか?

和田さん:はい、そもそもは真田幸村やその父昌幸が、戦いに備えた武具などに

用いられたことで、「真田紐」の名前の由来になったと言う説が

濃厚だと思われていますが、当初上田では麻しか採れず、

原料である木綿が採れなかった為、真田紐を作ることができなかったんですよ。

木村:(浅はかな知識で質問をした自分が恥ずかしい。。)

でもそれでは、どうやって長野に伝っていったんですか!?

和田さん:真田紐の起源は、ネパールなどで作られる獣の毛をつかった

織物と考えられていて、実用的な紐として、アジアを経て日本に伝わり、

その後、関西で栽培され始めてた木綿を使い織られ、それを商人が長野へ

運んでいったとされているんです。これがそのルーツとされているサナールです。

木村:サナール!?そんなエスニックな言葉は出てくるとは思ってもみなかった!

あっ確かに、言われてみればアジアでよく見るミサンガのようにも見えてきましたね


【真田紐のルーツであるサナール!!】

もはや、序盤で話に追いつく事ができなくなり、話をそらし始める私に更に和田さんは

詳しく、ご説明してくださいました。

和田さん:それはいわゆる組紐ですね。真田紐は、袋織りといって、機(はた)を使い、

縦糸と横糸で織っていくんです。いわゆる織物と同じ原理なのでとても丈夫なわけです。

木村:うぉぉ~なるほど!!


【紐状ではなく、断面を見てみると確かに袋のようになっている】

和田さん:そうなんです。それで真田紐は今言った通り一種の織物なので

様々な模様を作ることができたんですが、その特徴を活かして、

お家元毎に決まった配色の紐を使って、その家元とすぐに分かるようにしていて

大名家なども自分の武具や着物など様々な物に取り込んでいたんですよ。

木村:紐を見れば、それが誰のものか分かるようにしていたんですね!まさに先人の知恵!

和田さん:そう。例えば、松平家(徳川家)は金茶の色と決まっていたので、

かの有名な水戸黄門(徳川みつくに)は金茶の服を着ているんですね。

だからあれは遠くから見ても徳川家の方とすぐに分かるんです

木村:確かに、テレビで見たことありますねその色合い!そういえば、真田紐には色々な意味があってメッセージや暗号としても

使っていたと聞いたことがあります。

和田さん:その通りです。当時はこの紐の中にいろんな情報を入れて、

偽者と本物を見分けたり、パスワードみたいな役割をしていたりしていたんです。

これなんかは、お釜屋さんで真ん中の線が太いんです。

これは重たいものが入っているので注意という意味になっていて蔵で見たときに

どの箱に一番重いものが入っているかすぐに分かるようになっていたんですよ


【真ん中の線が太くなっているのが分かる】

和田さん:ゆえに真田紐屋さんは、製法や存在が表にばれてしまうのがご法度だったので、戦前ぐらいまでは見本帳を作るのも、看板を揚げることすら禁じられていたんです。

京都の町屋は奥に広いので、表からは見ると別のお店でも、入り口を奥に進んでいくと、

紐屋さんが急に現れるような構造になっていたりしたんです。

木村:もうほぼ秘密結社に近いですね。なんか忍者のようでかっこいい。

和田さん:そうですね。そもそも真田紐は幕府の中で使われていたものではなく、

一般市民の紐だったので織り方や用途など、文献や資料に残りづらかった事もありますが、それ以上に、情報を漏らしてはいけない為、残してはいけなかったんです。


【和田さんが見せてくれた昔の真田紐の見本がずらりと並ぶ見本帳】

木村:ひえ~~どおりで調べても、お店が出てこない訳ですね。

これまで江南さんが代々に渡り真田紐の秘密を守り続けてきたと思うと

すごい貴重な存在ですよね

和田さん:ええ、今私がパタッと死んでしまったらもうおしまいですね笑

(一同の笑い声)・・・・

木村:・・・・・・いやぁ、これ笑ってる場合じゃないですよね!!

和田さんは真田紐に精通している最後の一人って事じゃないですか!!

和田さん:まぁ~大丈夫ですよ。その内、後継ぎは作りますから

と何食わぬ表情でお答えになった和田さん。

でもそこまで平然と言われてしまうと、和田さんやこの真田紐の職人業界には、

私達にもまだまだ知りえない、何か秘策でもあるのではないかと、

つい勘ぐってしまうほど、謎が多きミステリアスな世界でした。

和田さんは工芸品の中には後継ぎ不足だけでなく、このような理由で

無くなってしまう物も沢山あるという事を教えてくれました。

色々な理由があるにせよ、もしも途絶えてしまったら、十数年後、

その技術を再現する時に後悔しそうな印象をここでも強く受けました。

しかし、伝えたくても伝えられないジレンマがあるとなると、

これはもうがんじがらめ状態で、継承するのも大変なように感じましたが、

和田さんはこれから、執筆活動や講演会を開きながら、

真田紐についてお話をされる機会を増やしていかれるそうで、

その中で良い継承の方法や、後継ぎが見つかるよう私も応援していきたいと思います。

江南さんでは、帯締めや帯留めを始め、ネックストラップなど

色々な方法で真田紐を活用していますので、

皆さんも是非見かけた際は手に取ってそのデザインや

実用性の高さを実感してみてください。

それではまた。

おわり


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